しば塾の世界史日記

世界史についていろいろ書いていこうと思います。

世界一経済発展をしていながら隣国に国土のほとんどを領有権主張されている国

何度か言った気がするんですけど、私の持論として「仲のいい隣国同士というのはあり得ない」ってのがあるんですね。だってあれだけ近くにいるのに同じ国になれないということはよっぽど何かしらの確執があったり文化の違いが存在するので仲が悪いから別の国になっていると思うんですよ、まあそれはともかく隣国同士の仲が悪い原因の一つとして様々な衝突がありますがその中でも特に代表的なものとして挙げられるのが領土問題です。

かくいう我が国も韓国との間に竹島、中国との間に尖閣諸島、ロシアとの間に北方領土といった領土問題を抱えてますし国境を接している国同士で国境問題の存在しない地域はないと言っても過言ではないでしょう(一部のヨーロッパみたいに国境の往来が自由な地域は話がまた違うでしょうが)

さて領土問題というと基本的に国境付近の地域、島や村なんかが争われていてたとえ面積だけを見ると広くても当事者同士から見たら国土の一部でしかないとのイメージを皆さんお持ちでしょうし実際大抵の場合はそうです。ところが世界には国土のほとんどを隣国によって自国の領土だと主張されている国があります、こう聞くとロシアとウクライナのことかなと思うでしょうがそんなものの比ではない規模です。

というわけで今回はベネズエラガイアナの国境問題について書いていこうと思います。

ガイアナ

今回の舞台となる主な国は南米にあるガイアナという国です、

(ガイアナ)

南米大陸の北部に存在するこの国は南米の国にしては珍しくというか唯一英語が公用語の国です、これはこの国がかつてイギリスの植民地であったことに由来します。また人種面で見ても他の南米諸国と比べると変わっていてこの国は国民の実に4割以上がインド系で最大民族となっています、これは植民地時代にインド人を労働者として移入したからですがその結果宗教面でも最大の宗教がヒンズー教となっているなど南米の国にしてはかなりユニークな存在となっています。そんなガイアナは近年後述する理由から世界で一番経済成長をしている国となっています、ですがこの国の面積は約21万5000㎢と北海道約3個分ほどですが、その国土の3分の2に当たる15万㎢を隣国ベネズエラによる領有権の主張がなされており国土の3分の2が領有権争いの係争地となっている世界でも唯一無二の領土問題を抱えています。

(オレンジがベネズエラ、薄い緑が係争地)

ロシアでさえ周辺国に対してここまで割合の大きな領有権問題をふっかけていません、では一体なぜベネズエラガイアナはここまで規模の大きな領有権争いを抱えているのでしょうか?

領有権問題の発端

結論から先に言うとこの領有権問題は植民地時代に国境が不明瞭だったことに起因します、ガイアナは元々オランダの植民地でしたがナポレオン戦争を経てイギリスの植民地になります。そしてこの時スペインの植民地であった後のベネズエラとなる地域の境目は書面上ではエセキボ川となっていました。

(エセキボ川)

しかしこの地域は現在でも未開のジャングルがあるような辺鄙な場所でありスペインの統治はあまり及んでおらずそのため実際にはオランダ領時代から植民地はこの川を跨いで領土となってました。そんな中南米ではナポレオン戦争後にスペインの統治に反対する現地人が独立戦争を起こしスペインの植民地であったベネズエラもまたこの時期に独立を果たします、しかしベネズエラは独立後も政権内での争いが生じ混乱しているような状況が続きます。

そんな中イギリスはその隙に国境が不明確な地点で領土を拡大させていき1840年代には今のガイアナと同じ国境線を一方的に引きます。とはいえこの当時は全く問題になりませんでした、元々この地域は国境が不明確だった上にジャングルが広がる未開の地でありベネズエラとしても半分どうでもよかったのです。

(ガイアナの人口分布、エセキボ川を境に人口が減っているのがわかる)


ところが1876年にこの地域で金が発見されると領有権問題として浮かび上がります。

グアヤナ・エセキバ問題

金が発見されてからベネズエラはエセキボ川以西の地域の領有権を主張し始めます、そして1899年には憲法でこれらの地域の領有を明確に記したためイギリスとの外交問題になりました。この地域はスペイン語でグアヤナ・エセキバと呼ばれるのでそのままグアヤナ・エセキバ問題と言われてます。ベネズエラモンロー主義を掲げ中南米への不介入をヨーロッパ諸国に強く要望していたアメリカの力を借りようとしますが、アメリカはベネズエラのためにイギリスを相手に交渉するほど関心を示さなかった結果アメリカはイギリスの主張をおおむね認めてしまいベネズエラはそれに反発して従わなかったため争いが続くこととなってしまいます。

その後1950年代にはベネズエラがこれらの地域を買収しようとしますがベネズエラでクーデターが起きたために失敗し、1962年には国連でこの問題の提出をしますが解決されず。結局一向に解決しないままついに1966年、イギリス領であったこの地域はガイアナとして独立することとなってしまいました。しかしベネズエラは独立後もこの地域への領有権主張を続け、結果ガイアナは国土の3分の2が隣国によって領有権が主張されている世界でも類を見ない国となりました。

一応独立する際にイギリス、ガイアナベネズエラの3者はジュネーブ協定と呼ばれる協定を結びベネズエラガイアナのの独立を認める代わりにグアヤナ・エセキバで領有権問題があることを双方が認め、平和的に解決していくことを決めましたが独立早々ベネズエラはこの地域にある小島に軍隊を派遣し占領してしまいその後も度々軍事衝突を起こしてしまいます。

ところで話が少しズレますが皆さんは人民寺院という単語を聞いたことがあるでしょうか?これは何かというとアメリカ発祥のカルト宗教で信者で作られた独自の村がありましたが、1978年に教祖の指示の下信者の多くが村の中で集団自殺したことで世界的に有名になりオウム真理教と並ぶようなカルト宗教の代表として扱われています。実はこの宗教の集団自殺が行われた村はこのグアヤナ・エセキバ地域にあったのです、なぜ人民寺院がこの地に村を作ったのかというと人民寺院は当時すでにアメリカでも社会問題となっていたので早急に国外への移転を目指していましたが、その際にアメリカから比較的近く、犯罪者の引き渡し条項がなくなおかつ英語が公用語の国としてガイアナに白羽の矢が立ちそしてガイアナ政府との交渉の結果この地域になったのです。

(人民寺院の作った村、ジョーンズタウン)

ちなみにガイアナ政府がなぜこんなカルト宗教の拠点が作られるのを認めたのかというと、これもひどい話ですがベネズエラを牽制するためでした。人民寺院の信者はこれでもアメリカ国籍を持っているので万が一ベネズエラがグアヤナ・エセキバ地域に侵攻した場合彼らは当然巻き込まれます、そうなるとアメリカが介入してくるのは明らかなのでベネズエラとしてはそうした状況を嫌がり侵攻を防止できると考えたのです。そのためガイアナ政府は人民寺院の不介入の要望を聞き入れていてこれが集団自殺の悲劇を未然に防げない結果を招いたのです。

さて話がそれましたが流石に21世紀に入るとベネズエラの方でもこの領土問題を解決するのが非現実的であることから解決を目指そうとし、丁度ベネズエラで新たに大統領となったウゴ・チャベスは尊敬するキューバの指導者であるフィデェル・カストロからこの問題の解決を勧められたことで迅速な解決を目指そうと交渉を開始しました。

しかしこの地域でまたしても資源が発見されてしまい再び対立が激化します。

領土問題の現在

2013年ガイアナでは石油が見つかり当然国土の多くを占めるグアヤナ・エセキバ地域でも豊富な石油資源が見つかります、とはいえ隣国のベネズエラも石油埋蔵量ではサウジアラビアを抜いて世界一の国なのでまあ納得はできるでしょう。

そしてこの領土問題が金が見つかったことで始まったように石油資源の発見以降ベネズエラはこの地域への領有権を強硬に主張するようになり対立が激化します、そして2013年にガイアナ沖で石油の調査をしていた船を「ベネズエラへの不法な侵入」の容疑で拘束してしまいます、これに対抗してガイアナは2015年にアメリカの石油会社エクソンにグアヤナ・エセキバ地域での石油採掘権を与えます。これにベネズエラは猛反発し一触即発の事態となってしまいました、その後2018年に国連が介入し国際司法裁判所での解決を提案しますがガイアナは歓迎した一方ベネズエラはこれを拒否します。

その後ベネズエラでは政治的混乱が続き野党勢力が大統領を立て国に2人大統領がいる状態となります、しかしこの野党勢力もグアヤナ・エセキバ地域への領有権を主張しているのでこの問題が深刻であることがわかります。

領土問題の今後

この領土問題がこれからどうなるかは分かりません、しかも厄介なのが当事者の未来の展望が真逆であるという点です。ベネズエラは石油埋蔵量が世界一の国でありながら優秀な技術を持つ外国企業を追い出したり、石油での利益を国民への過度なばら撒きに使ったりして経済が完全に崩壊し、政治的には独裁政権がある一方それに反発する野党勢力も一定の勢力を持っていて独裁政権は中国とロシアの支援でなんとか持ちこたえようとしている一方野党勢力アメリカなどの支援を受けて奪権を狙っています。そしてこんな不安定な状況のため国民の内実に1割以上が難民として国外に脱出しているなど国家として崩壊寸前の状況です。

一方でこれと対照的にガイアナは石油などの資源の発見で大きな経済成長をしておりこれまで南米で2番目に貧しかったこの国は石油が本格的に開発された2019年から極めて大きな経済発展を遂げ2019年から2021年のGDP伸び率は72%、2022年の予想は48%、2023年の予想は34%となっていて世界で一番経済発展をしている国となっています。しかもガイアナ政府はこうした石油での利益を学校教育や医療への投資に使う計画をしているのでこのままいけば近年の原油高も作用し、南米一豊かな国になることも夢じゃありません。

(ガイアナの経済成長、他の国を大きく引き離している)

そうなるとこの領土問題は厄介なことになります、ベネズエラからすれば自分達が経済難で苦しんでいるのにガイアナが発展しているのは非常に面白いことではありません。ましてや自国が領土を主張している地域の資源で発展しているわけですから自分達が貧しいのはガイアナが資源を奪っているからだと逆恨みしかねません。実際にはベネズエラの方が石油資源が豊かで貧しいのは資源活用に失敗した事実があってもです、

(世界の原油埋蔵量と生産量の上位国)

おまけにベネズエラの野党も独裁政権も領土問題で国をまとめようとしている風潮があり、実際2021年に行われた両者の会談で初めて合意事項ができたのですがそれが「グアヤナ・エセキバ問題で協力して対応する」でした。今後どっちが政権を握って国を再建するかはわかりませんが国民をまとめるか豊かになったガイアナを支配するなどの理由で戦争になることも十分考えられるでしょう。

日本は資源があまりないので資源国を羨みますが、一方でこうした資源が豊かな地域で争いが繰り返されているのを見ると資源国だからといっていいことばかりではないのだなと感じます。それでは今回はここまで、また次回。