しば塾の世界史日記

世界史についていろいろ書いていこうと思います。

ロシアが次に失う国

先々月の23日、とんでもないニュースが世界を駆けました。ロシア中央軍管区のルスタム・ミネカエフ副司令官が、ウクライナに対する軍事作戦第2段階の一環としてとウクライナ南部の完全掌握を計画していてそれによってモルドバ東部の抑圧されている親ロシア派支配地域トランスニストリア(沿ドニエストル共和国)の回廊確保が可能になると言ったのです。あからさまにモルドバに対する威圧的な言動でありまた次の侵略ターゲットを指名するかのようないつも恒例となった傍若無人なロシアらしい言動ですが、実は今回の発言はロシアの外交を考えてみるとただの威圧以上に、おそらく発言した司令官すら想像してないほど重要な意味を持っていて今後の外交に大きな影響を与える可能性があるのです。と言うわけで今回はこの発言の持つ意味について書いていこうと思います。

モルドバ沿ドニエストル共和国

その前に今回の舞台となったモルドバ沿ドニエストル共和国について簡単な紹介をします、モルドバは下の地図にあるようにウクライナの隣国でルーマニアウクライナに綺麗に挟まれている国です。

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なんだか不自然な形をしていますがそれもそのはず、この国の元となった地域は元々ルーマニア領であり第二次世界大戦の時にソ連が無理やり奪い取り自国に編入した地なのです。

なので住民はルーマニアに極めて近く、言語も実際ルーマニア語が話されています。そればかりか独立当初はルーマニアとの再統合を目指す声も強かったです、ですがソ連からの独立闘争を経てモルドバに愛着が湧いたことや数十年にも及ぶソ連統治でルーマニアと断絶ができたこともあっていざ国民投票をしてみたら統合反対が圧倒的多数でありそのまま独立した状態になっています。またソ連時代の過酷な統治もあってロシアに対する反発はないわけではないのでロシア語を公用語から外したりと脱ロシア化政策を進めています。

そんなモルドバですが小国でありながら民族問題を抱えていてロシアからの介入を受けています、それが冒頭で触れたトランスニストリア問題です。

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黄色のこのトランスニストリア地域がですが、この地域は工業が発達していることもあってソ連時代に多くのロシア人やウクライナ人が移民として送り込まれた歴史がありその結果住民の3分の1がロシア系、もう3分の1がウクライナ系、残りがモルドバ人となっています。モルドバ本土の場合全国民のうちロシア系とウクライナ系はそれぞれ4%と6%なので、いかにこの地域にロシア系やウクライナ系が多いかがわかります。

そんなトランスニストリアは現在沿ドニエストル共和国を名乗り独立を主張しています、この争いはソ連末期に各地で構成国が独立を主張する中モルドバは当初ルーマニアとの統合を目指す声が強かったのでロシア系やウクライナ系と言ったロシア語話者の住民が危機感を抱き分離独立を主張したのがきっかけです。この争いはモルドバ独立後すぐに内戦にまでなりますがロシアが介入し沿ドニエストル側が勝利し以後この地域はモルドバの支配が及ばず半独立状態であり、また平和維持軍としてルーマニアモルドバ、ロシアの3ヵ国からなる部隊が駐留しています。

そんな状況ですが先にも書いた通り国民の3分の1はモルドバ人であることや残りの内半分も純ロシア系と言うわけでもないこともあり住民の多くが本気でモルドバとの分離を願っているかと言うとそうでもなく、またロシアから見て完全な飛び地であり、面積も小さくクリミアのように圧倒的にロシア系が多いわけでもないので他の地域と比べると獲得に積極的ではなく実際2014年にクリミア併合を受けて沿ドニエストル側が出したロシアへの統合要請を無視しています。

またモルドバの方も沿ドニエストル問題に関してはロシアに比較的宥和的です、というのもモルドバは天然資源がろくに取れないので石油やガスを完全にロシアに依存している上に輸出品の輸出先もロシアが主要な場所となっていて経済的な結びつきが非常に強く、政治においても親ロ派の影響力が他の旧ソ連構成国と比べると比較的強いです。なので沿ドニエストルに駐留するロシア軍の撤退を何度も求めているものの強い行動はとってません。そんなわけで比較的ロシアに近いこともあって憲法にははっきりと中立国であることが書かれていますし実際経済的観点からEUへの加盟は希望しているもののNATOへの加盟は一歳希望していません。

今回の発言の意味

さてざっとモルドバ沿ドニエストルについて書きましたがここまで読んだらなんとなく今回の主題であるロシアの司令官の発言のヤバさがわかるでしょう、今回の発言からは2つ重大なことが読み取れますそれが

①例え中立であってもロシアの攻撃対象になりうる

②どんなにロシア系住民が少数で迫害の事実がなくてもロシア系の保護を理由に攻撃対象になる

と言うことです。

①に関して影響を与えるのがウクライナとの停戦交渉とフィンランドNATO加盟に関することです。ロシアによるウクライナ侵攻の目的としてロシアはウクライナの中立化、簡単に言えばNATO加盟阻止を挙げています。なのでウクライナも停戦交渉において自国の中立化に前向きな姿勢を示しています。ですが今回の司令官の発言からはたとえ中立を憲法で示している国でもロシアにとっては攻撃対象になりうると感じさせてしまうのです、これではウクライナは中立を明言してもロシアの攻撃対象になり続けると言ってるようなものであり中立を宣言することは無意味なこととなってしまいます。これは今後の停戦交渉においても大きな影響を与えるでしょう、なんせロシアの要求を呑んでも再度侵略される可能性が高くなったわけですからね。

またロシアは現在隣国であるフィンランドNATO加盟について大きな警戒感を露にしており核兵器による恫喝でなんとかしようとしている状況ですが、今回の発言でフィンランドNATO加盟に対する気持ちはより強くなり本当にNATOに加盟してしまうかもしれません。フィンランドは安全保障において隣国であるロシアとの関係から中立を採用しており、EUには加盟してもNATOには加盟していませんでした。ですが中立であっても安全であるとは限らないと分かった以上中立であり続ける意味は薄れました、だったらNATOに入って安全を確保したほうがいいと判断してしまうでしょう。

アイヌとロシア

次に②についてですがこれもまた結構衝撃的なことです、先ほども触れた通り沿ドニエストルにおけるロシア系住民は多数派ではないですしロシア語話者に限っても圧倒的多数ではないです。ですがロシアはそのような地域でも介入する姿勢を見せました、これはつまり一定数以上ロシア系住民がいればロシアの侵略対象となり得ると言うわけです。

これは日本も当然例外ではありません、最近ロシアはアイヌ人をロシアの極東地域における先住民として認めました。その頃からアイヌ民族の保護を理由に北海道に侵攻する可能性が一部懸念されていましたが、流石にこの段階では現実味がなさすぎて半分陰謀論のような過剰反応と言っても過言ではありませんでした。ですが今回の発言でそのシナリオが完全に現実で起こり得ないとは言えないこととなったわけです、とはいえそれでもまだ可能性としては限りなく0に近いほど低いです。

というのもアイヌ人はウクライナ沿ドニエストルと違ってスラブ系のいわゆるロシア民族ではないことや、アイヌ人は今のところ日本政府が弾圧をやめていく方向に変えたこともあってか独立した政府を作ろうとする機運がない要するにロシアに介入できる口実がないからですね。もちろんロシアの動きを警戒する必要はありますが、ネットで見かけるパニックを煽る愚か者たちの言説を間に受ける必要もないでしょう。

ところでおそらく今回のロシア司令官の発言をおそらくロシアの意図しないところで最も恐れているであろう国があります、それが中央アジアにあるカザフスタンです。

ウクライナフィンランドカザフスタン

カザフスタンとロシアについては前にも触れたことがあるので詳細は省きますが、カザフスタンは独立以来ロシアとの関係を重要視する一方で欧米や中国とも関係を深め更にキリル文字を廃止するなど脱ロシア政策も行なっていました。ですが今年一月に全国の大規模なデモの対応を巡って政権内で争いが起き、建国の父であり院生を敷いてた初代大統領であったナザルバエフ氏は失脚し代わって現職の大統領であったトカエフ氏が実権を握りました。トカエフ大統領はデモの鎮圧と権力奪取のためにロシア軍の派遣を要請しており、カザフスタンにおける自国の影響力を拡大させるためにプーチンは喜んで軍を送り無事トカエフ氏に権力が渡りました。

プーチンとしては第二のベラルーシが手に入ったと大喜びしたでしょうし実際その時は私を含め多くの人がトカエフは対ロ従属政権になると思っていました、まあこれは同じように反政府デモが起こってロシア軍を頼って鎮圧したベラルーシが半ばロシアの傀儡となってしまった例があるからですね。ところが2月末にウクライナ侵攻が起こるとカザフスタンはロシアと距離を置き始めたのです、ロシアはカザフスタンウクライナ侵攻に際して出兵を求めましたが(もちろん戦力として期待したわけではなく味方がいることをアピールするため)カザフスタンはほんの1ヶ月前に助けてもらったばかりなのにその要請を拒否したのです。そればかりか東部の傀儡国家の独立を承認しませでしたし、ロシアの「特別軍事作戦」を早くから侵攻と呼び「特別軍事作戦」の呼称を明確に拒否し更に国内でウクライナ支持のデモを行いことを認めました。

なぜトカエフ大統領はこのようにロシアに恩を仇で返すような行動に出たのかというと、カザフスタンにもウクライナ同様多数の(全国民の2割ほど特に北部に多い)ロシア系住民がいて潜在的な脅威に側面しているからです。実際ロシアのエリツィン前大統領はかつてロシア周辺において4つの地域で国境を見直すべきだと主張したことがあります、その4つとはジョージアアブハジアウクライナのクリミアそしてドンバス地方、最後がカザフスタン北部です。見ての通りカザフスタン北部以外は実際にロシアが侵攻し傀儡国家を作ったり編入しました、更にプーチン大統領は2014年に「カザフ人は独立した国家を持ったことがない」ととんでもない発言をしています。実は思っている以上にカザフスタンとロシアは領土を巡って対立しているのです、実際1999年にはカザフスタンからの分離独立を目指したロシア系住民の組織が武装放棄を起こしかけてますし、クリミア併合を受けてナザルバエフ前大統領は中国に自国の安全保障を頼んだらしいです。

なので今年のウクライナ侵攻を受けてトカエフ大統領は次は自分たちの番だと思い距離を置き始めたのです、カザフスタンのロシアに対する信用は今回の侵攻で大きく傷つけられたわけですが今回の司令官の発言によってほぼ完全に失われたと言ってもいいでしょう。なにせ中立国であっても攻撃対象になるわけですし沿ドニエストルのような地域でも介入するわけです、カザフスタン沿ドニエストル以上にロシア系住民が多くまた今回のウクライナ侵攻に対する対応でロシアと距離を置いたのでいつ侵攻されてもおかしくない状況になりました。なんならこれ以上ロシアが介入出来そうな地域はないので次ロシアが対外侵略をするなら間違いなくカザフスタンでしょう、なのでカザフスタンはの取る道は2つです。1つはベラルーシのようにロシアの傀儡となる、もう1つは今後ロシアと距離をますますとっていくそして恐らく後者をカザフスタンは選ぶでしょう。

カザフスタンの接近先

もちろんカザフスタンが完全にロシアと距離を取るのは困難ですが安全保障面でロシア以外の庇護先を見つけるのは確かでしょう、そうなると考え得る最も可能性の高い相手は中国です。カザフスタンは現在でも独裁体制を築いているので欧米に安全保障を頼むのはあまり現実的ではありません、なので同じ独裁国家で国境を接するほど近くなおかつ近年盛んに経済進出をしている中国はかなり魅力的なパートナーでしょう。

しかしトカエフ大統領政権下のカザフスタンと中国には実は距離があるのでトカエフ大統領は欧米にも接近はするでしょう、ちなみになぜ距離があるのかというと1月の政変で中国が支援を申し出たのにそれを拒否した上、親中派で知られていたライバルでナザルバエフの側近のカリム・マシモフ氏を国家反逆罪で逮捕したからですね。

欧米への接近がどこまでのものかは分かりませんが下手するとアメリカ軍に基地提供をすることだってあり得ます、今は違いますが中央アジア独裁国家であるウズベキスタンは2000年代初頭までロシアと距離を置くためにアメリカと接近していて自国の基地を提供したりしてたのであり得なくはない話と言えるでしょう。

カザフスタンの今後の動向が気になるとこですがもしカザフスタンが中国と急接近すればロシアは中央アジアにおける影響力を中国に奪われ欧米に接近すれば西だけでなく南側の国境まで嫌いな米軍と接するわけです。どっちにしろロシアにとって全くいい結果にはならないでしょう。

ロシアの今回の侵攻における成果

さて、最後にロシアのウクライナ侵攻によって得したものと損したものについて書いて終わりにしたいと思います。ロシアが今のところ得したものとしては以下です

・ドンバス地方の大半の制圧

ヘルソン州の制圧

プーチン政権への大幅な支持率上昇

一方損したものは以下です

・大量の人命

・大量の兵器(黒海艦隊の旗艦モスクワなど)

・多くの将校クラスの指揮官

・SWIFTからの排除

・多くの海外企業の徹底

・国際的な信頼

・多くの対外資産の凍結

・将来的な石油・天然ガスの欧州市場の喪失

ウクライナの強烈な反ロ化

NATO加盟国間の団結

フィンランドおよびスウェーデンNATO加盟に向けた大幅な前進

カザフスタンの離反

etc…

もちろんここに挙げたのは私の主観で選んだものですが明らかに得たものと失ったものが釣りあってない気がします、特に安全保障面に限定すればウクライナNATOに入れないようにしてまだ未確定ではあるもののウクライナの強烈な反ロ化と軍備増強、フィンランドNATO加盟、カザフスタンの離反をわけですから完全な損でしょう。これで本当にウクライナNATO加盟を阻止できたところでウクライナが安全保障上の脅威になりフィンランドカザフスタンに警戒しなければならなくなるわけですからね、1歩進んで3歩下がるようなものです。

プーチンはいい加減現実を受け入れて一刻も早くこの無意味な戦争を終わらせるべきでしょう、それでは今回はここまでまた次回。